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妙義山との付き合い [妙義山]

晩秋になり、妙義山へ通う機会が多い時期になった。

日本山岳ガイド協会ができるずっと前、日本山岳ガイド連盟に所属していた時、私は東京に住んでいて、ようやく山岳ガイドという職業が認知され始めた頃だと思う。
現在のように山で石を投げればガイドに当たるようなガイド大量生産時代ではなく、本当に実力のある少数精鋭の他ガイド達と差別化するためにはどうしたら良いか考えた時期があった。
他のアルパインガイド達は海外での輝かしいプロフィールを持つ中、私は誰も知らないような地味な登攀記録しかなく、どう自分をアピールして良いか悩んだものだった。
そこで考えたのが、妙義山と西上州の山を誰よりも研究し、ここだけは絶対誰にも負けないというマイナールートをガイドすることだった。

地形図と登山体系、廃版となった「ハイグレードハイキング」を基にとにかく通ってみた。
自分が行くだけで精一杯で、とてもガイドできるルートではないところもあったが、自分の実力で充分ガイドできそうな場所も多数あった。
私はフリークライミングは不得意だが、ボロ壁や草付き、ガレ場などいわゆる悪場にはかなり自信があったので、自分をアピールできるガイドが実践できるような気がした。
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今では、星穴岳もボルトが打ちまくられガッチリしたフィックスロープが張られて興ざめだが、当時は探検気分が味わえる楽しい場所だった。

相馬岳北稜、西大星、御岳東稜、風穴尾根など登山者がたくさん行くようになり、踏み跡も濃くちょっと残念な気がするが時代の流れだから仕方がないのだろう。

でも有難いことに、この界隈には知ってる人しか知らない、秘密にしておきたいルートがまだある。
そういうルートが全てなくなったら詰まらないだろう。

実家の富山に戻ってからは、すっかり妙義山へ通う回数は減ったのだが、それでも年に10回以上は行っているだろうか。
妙義山は人気エリアになってしまったが、私には妙に懐かしく馴染みのある場所だ。

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