So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン

晩秋の妙義山 [妙義山]

この週末から下ノ廊下を二回転する予定だったが中止した。

黒部の谷は雨と風が強い予報なら、私はいつも辞めることにしている。

雨だと滑るとか屋根があるから雨でも大丈夫とか諸説あるが私が気になるのはそんなことではなく、軽く増水しただけで危ない場所が各所あることと、一番怖いのは落石である。

以前、黒部をクライミングしていた頃に日電歩道脇にある場所も登ったりしていた。
チムニー状ルンゼとかオオタテガビン沢とか私が知ってる場所だけでも、大小浮石だらけで、これを知ってしまうといろいろ想像して怖くなる。
だから、晴れている時でもその部分を通過する時はドキドキするし、雨風が強い時にはとても通過したくない。

そんなことを言っていたら黒部へは行けないし、事故なんて99%ないし、結果良ければ全て良し…とそれも良いだろう。

私の場合は、自分のプライベート山行なら行くかもしれないが、お金を戴いて命を託された以上はちょっと行けないなあと思う。

だから自分の尺度で、雨と風が心配ならガイド中止と決めている。
下ノ廊下を歩く人で、落石を心配する人ってあまりいないが、少し頭の中に入れたら良いと思う。
尾根ルートならロープ技術と歩行技術に長けた人なら行けても、谷には別な客観的危険がたくさんあることを考えたい。
ということで、妙義山にしばらく行って来ました。
10B9EED8-0F8B-48C1-AB84-8E3538A1B3E9.jpeg
稜線付近の紅葉も綺麗でした。

表妙義の稜線は、上級者のみの看板が立っていますが、明らかに初心者と思われるパーティや高齢者、単独登山者を目にすることが多く、滑落事故が頻発するのも納得できます。
看板を見ても無視、或いは自分の実力がわからないのでしょうか。

ここでも鷹戻しで某ツアーとスレ違いましたが、ガイドが付いていても、ロープ結ばずに各クライアントはハーネスからスリングとカラビナで鎖に形式ランヤード。
下ノ廊下でも番線に同じく形式ランヤードで多人数を歩かせるガイドがいます。
こういうガイドさんは、まず自分で形式ランヤードで番線から大墜落を経験してから人に教えることをお勧めします。

ホッキリ近くのスラブ状の鎖場では、T岳連傘下の山岳会が10数名で懸垂下降してました。
私が「何をしているんですか?」と聞いたら懸垂下降の練習だそうです。
日曜日の表妙義稜線上で…。
お話にならないので仕方なく、お客様と側壁をクライミングして通過しました。
こういうのは辞めましょうよ。

キリがないので、この辺りで。

私も後指さされないように気をつけます。

アイスキャンディ2019シーズン [アイスクライミング]

今年も赤岳鉱泉アイスキャンディ作りに行って来ました!
3C61D6D0-9904-44A1-A1FE-19E9D32CEA55.jpeg
前日は天蓋山をガイド後に、小俣ガイドとエッジアンドソファ諏訪で登ってから、青山ガイドも合流して茅野でちょい飲み会。
D7C0F452-5E0B-434E-810E-01F875B97C39.jpeg
いつもイベントの際は、堰堤までクルマで入るのだが、台風の影響で赤岳山荘までの林道が使えず、美濃戸口から歩きました。
いつもクルマで通過する道を歩いて行くのも新鮮で良い。

北沢の道もかなり崩れていて、登山者の方は旧道を歩かないと危ないです。
でも、シーズンまでには復旧するらしいです。
57283E59-C633-4C56-B67B-415C18F939A3.jpeg
今年も全国からたくさんのクライミング系ガイドさんが集まりました。
ピオレドール受賞クライマーも普通にいて、私のような三流クライマーは肩身が狭いです。

私は初期の頃から作業に参加させていただいていますが、年々手際が良くなり効率的に仕事が進み、今年はなんと1日で終わりました。

恥ずかしながら、今シーズンも赤岳鉱泉道場で講師をやらせていただきます。
実力ある若手ガイドが躍進している昨今なので、私は今シーズン辞退したのですが、まだやれることもあるようで、今冬も細々と講師やらせていただきます。
たぶん、私は今年で最後だと思うので、受講希望の方は早めにご予約ください!

下山はピオレドールクライマーや若手ガイドたちと、話しながらのんびり歩いて赤岳鉱泉から美濃戸口まで1時間15分。
こいつら、本気出して歩いたら30分で歩けるんじゃないか…。

やはり、おじさんは疲れました!
おかげで富山に21時前に帰れました!

黒部の秋 下ノ廊下 [剱立山]

この週末は坊抱岩に寄ってから、下ノ廊下へ。

夏の剱岳シーズンが終わると、黒部や妙義にガイドの場を移すのが毎年の恒例行事。

朝イチのトロリーに乗って黒部ダムへ。
9D83E336-7915-4998-B6CA-624EF3259FD9.jpeg
放水に見送られて、下ノ廊下の出発。

昔、通い慣れた丸山東壁を左に見て黒部川へ。
DBDC14AD-B271-47E0-AF03-F0CEAAD5A266.jpeg
ここもクライマーを見ることがなくなり、寂しいかぎり。

ロッジ黒四を早朝出発したツアーをこの辺りからどんどん抜いて行く。
狭い場所ですれ違ったりはしたくないので、先を急ぐ。

別山谷も残雪なく、全く問題なかった。
2526F867-4754-43D3-9DE0-088F2D5D64EF.jpeg
黒部川の水位は少なめに感じた。
94377013-0CD8-4149-83C4-8D169B06846A.jpeg
剱沢の終わりを見れる景色。

黒部川の側壁では、昔の仲間達がたくさん亡くなった。
現場を通る度に黙礼しながら先を進む。
黒部川は美しい景色を素直に楽しむことができない場でもある。
42E16CC1-8A77-4507-B298-3C914F57BBB7.jpeg
阿曽原温泉小屋では、25年前のザイルパートナーとの再会もあった。
彼の頭はずいぶん薄くなってたが、私の髪の毛はまだフサフサだ。
当時の仲間でまだ山を続けているのは3人だけになってしまった。

混んでいる山小屋は苦手なので、早く寝て、早く出発する。
7E09141F-2EA9-4C13-A9EC-7C549921E398.jpeg
30kmの道程も終わり。
8時過ぎに欅平に降りて、始発のトロッコに乗る。
扇沢へクルマを取りに行って一周が終わる。


平成最後の剱岳閉山 [剱立山]

10月5日から剱澤小屋へ。
平成最後の剱岳ガイドを気合入れて行って来ました。
976CF10C-3289-4899-A12F-569BA5D622DC.jpeg
紅葉真っ盛り!

6日に別山尾根から、8日に北方稜線から剱岳に登って、シーズン終了しました。
両日ともに快晴で、暖かく、シーズンが終わるのがもったいないような陽気でした。

5FB6E372-3F9A-49EF-807A-717A95E1CE42.jpeg
剱沢の下降。

今年は南無ノ滝も全容を現し、周りの紅葉は見事でした。
A497BFDE-91C6-4711-9D31-55F6407F3F4C.jpeg
仙人新道も良く染まってました。

池ノ平小屋で宿泊し、佐方さんとの再会を楽しむ。

風呂は豪華に露天風呂と内風呂、両方を沸かしていただいた。
夕食も豪華で皆様、大満足でした!

そして夜はライブも開催された。

この小屋は北方稜線の拠点として、なくてはならない大事な小屋です。

素晴らしい星空の下、北方稜線へ。

A2055795-5395-4DF5-BA29-FDEACC729B5E.jpeg
小窓氷河と雲海に浮かぶ後立山は何度見ても溜息が出ます!
小窓王を超えてからの景色は他山域にはない剱岳北面だけの大迫力。
チンネ、ジャンダルム、剱尾根、池ノ谷尾根...。
池ノ谷ガリーは秋なのでかなり踏まれて歩きやすくなっていた。
828F79C3-23BE-4BC5-862B-9C2CCF693BB7.jpeg
池ノ谷ノ頭から剱岳を観る。
E98F3836-C55C-42C6-AD67-743FD2461E46.jpeg
今シーズン最後の剱岳。今度来るのは年末年始だろうか。

小屋締め作業中の剱澤小屋に挨拶して、室堂へ下山。
富山で、えび寿司で打ち上げして解散。

アシスタントガイドを務めてくれた立山ガイド協会の中村君と細田君の活躍もあり、最高の北方稜線が楽しめた。

台風情報にもかかわらず、私の判断を信じて参加してくださった全てのお客様に感謝したい。

そして、来シーズンも剱岳でガイドできるよう一層精進して行きたい。

剱岳にはいつも緊張を強いられ、自分を試されているような気がしてならない。

剱岳との関わり [剱立山]

私が無雪期に剱岳ばかりガイドするようになって約10年ほどになる。
それ以前の10年は、もちろん剱岳もガイドしていたのだが、東京に住んでいたので、穂高や槍、一ノ倉や妙義、関東周辺の岩場と様々な山でガイド活動を行っていた。
画像 050.jpg
剱でガイドしたいと強く思うようになったのは、真砂沢ロッジを経営していた佐伯成司さんの影響が大きかった。
おそらく、成司さんが真砂沢ロッジのオーナーになった年に黒部ダムからハシゴ谷乗越ルートが崩壊のために通行止めになっていた。
私はそれを知らず、黒部ダムから黒部川へ降りようとしたら通行止めの看板があった。
そこでダムへ戻り、事務所へ行って、私が山岳ガイドであることとロープも持参しお客様全員がクライミングギアを持っている事を伝えて、私自身は丸山東壁を以前からかなり登っていて、この地形に詳しい事を伝えたら、行って良いでしょうと許可を得た。

しかし、丸山東壁から内蔵助平が崩壊で道がなく、ほぼ背丈以上の藪漕ぎと藪ラッセルで延々と時間が掛かった。
しかもテント泊装備にクライミングギアを背負っていたので、私のザックは25kgを超えていたはず。
結局、真砂沢ロッジに着いたのは21時近くになっていた。

そこにいたのが強面オーナーの佐伯成司さんで、「なんで通行止めを来たがよー。」とものすごく怒られた。
テントを張ろうとしたら、「金なんかいらんから中で泊まれ!」とまた怒られた。
お客様を寝かせてから、成司さんに「ちょっと座れ。」とお酒を頂き、さらに怒られるのかと思ったら「あんた、あの状態の丸山東壁の下をお客さん誰も怪我させんと連れてくるちゃ大したもんや。」とえらく褒められ驚いた。
翌朝は確かⅥ峰フェースを登りに行って真砂沢に2泊したのだと記憶している。
その時の成司さんの印象がとても温かくカッコ良かった。 それから数年後、母が亡くなった関係で実家の富山に帰郷して、今に至る。 真砂沢ロッジには実によく泊まりに行った。 成司さんは、私がガイドでチンネに行く時は夜中の2時に起きて、朝ご飯を作ってくれる熱い男だった。

昼弁当は、いつもチマキを持たされたのだが、指にヌルヌル付いてクライミングしづらいと言ったら改善すると爆笑してた。
DSC00099.JPG 真砂沢ロッジはテラスにパラソルを立てて、バーベキューしながら昼から酒を飲むのがスタイルで、特にクライミング系ガイドが大好きな成司さんは彼らが泊まりに来たらとても機嫌が良くなった。 剱のバリエーションルートと成司さんの姿が妙にマッチして、私はこの雰囲気が大好きになった。 そして、剱という山は雪渓の処理と脆い岩の処理が常に必要で、安全にガイドするためには、どこがどういう状態か常に情報を把握しておく必要があると思った。 私のような不器用な人間は、他の山にガイドに行っている時間はなく、剱岳に通い詰めて、ここを一生懸命ガイドしようと決めた。
今でも別山尾根を降りる時、武蔵ノコルから見える真砂沢ロッジを見る度に、あの熱かった頃の佐伯成司さんを思い出す。 真砂沢ロッジにトイレットペーパーが無くなり、スーパーで2ダース買ってから南壁をガイドして、長次郎右俣を降りて真砂沢ロッジに持って行ったことが懐かしい。 今日の富山は曇だが剱岳は見えていた。 海から剱岳を見て、あの頃のことを思い出してしまった。 明日からまた剱澤小屋に行くのが楽しみだ。